第14次ワラバラ探検隊|天狗ノ山ノ”タマト”様 前編

石見と書いて、『いわみ』と読む。(『すずり』じゃないよ)

島根県は東部、西部、隠岐と三つのエリアに分けて扱うことがあり

県西部は『石見地方』と呼ばれている。

(以上、県外者向けの設定説明的手続き)

 

その石見地方には、

一宮(大田市 物部神社)

二宮(江津市 多鳩神社)

三宮(浜田市 大祭天石戸彦神社

と呼ばれる、代表的な神社が三つある。

このうち、多鳩神社は江津市”二宮町”にあり、二宮は地名にもなっているほどだ。

というわけで、江津市内に数ある神社の中でも多鳩神社は有名であるが、

その多鳩神社がもともとあった”旧多鳩神社跡”があることは、市内でもあまり知られていない。

 

我々探検隊は2019年6月、二宮町で油を売って情報収集活動をしていたところ、

賢者に封印されし古代羅針盤二宮町史跡案内図を偶然にも発見。

そしてそこに、

『旧多鳩神社跡』

の文字が……!!

さらには『大岩』や『烏帽子岩』まであるらしい。

これらを見つけて興奮せずにいられるだろうか、いや、いられない(いつもの反語)

位置を確認すると、どうやら天狗山の山頂近くにあるようだ。

天狗山といえば、オーガニック神社学の中村教授(ワラバラ探検隊終身名誉隊員)が江津へ来られたころに、

「天狗山って山があるね。調べると何かあるかもよ」

と言っておられたのを思い出す。

さすが中村教授。ご慧眼に恐れ入るばかりである。

しかし時期は6月。

里山四天王(熊、蜂、蛇、猪)との遭遇確率があまりにも高すぎるため、

探検にお誂え向きの冬の到来を待つことになった。

 

事前の情報収集を徹底せよ

第11次探検の際に、事前の情報収集不足によって

屈辱の日没サスペンデッドを味わっている我々探検隊。

同じ轍を踏むわけにはいかない。

第11.5次探検時に地元の方から得た情報が非常に有益だったため、

『旧多鳩神社跡』に関する情報を事前に収集することにした。

多鳩神社のある二宮町のコミュニティーセンターで聞き込みを行ったところ、

現在の多鳩神社の宮司さんならいろいろ知っているはずだ、と教えてもらった。

そりゃそうか。

餅は餅屋に。神社のことは宮司に。

社務所に宮司さんがいらっしゃるであろう時間を教えてもらい、後日訪問することになった。

 

ファッキン レイニー デイ

2019年10月。多鳩神社を再訪。

社務所にいらっしゃる宮司さんに話を伺った。

ワ「御免!我らワラバラ探検隊と申す者也。この地に眠る宝を求めんとする者也」

宮「えっ」

ワ「二宮のコミセン近くの看板に『旧多鳩神社跡』なるものをみつけたり。我ら之を求めんと欲す」

宮「お若いのに、そういったものに興味があるんですか。分かりました。ちょっと待っててください」

宮司さんはそう言うと、社務所の奥から資料を出してくださった。

 

 

こちらの資料には、『大岩』『烏帽子岩』にまつわる話と

この資料をつくった当時のそれぞれの岩の写真が掲載されていた。

 

 

おいおい藪の中じゃねーか。

という声があやうく出そうになったが何とか飲み込んだ。

ここで『烏帽子岩』の記述をよく見てみると、

 

これは推測であるが、多鳩(たばと)という漢字は当て字で

もともとは『タマト』と呼ばれていた可能性がある。

『タマト』自体の意味はまったくさっぱりミジンコほども分からないが

こういった知られていない情報に出会えるのも探検の醍醐味だ。

さて、この資料からも『旧多鳩神社跡』に関する情報が出てきた。

「昔多鳩神社が天狗山の古瀬谷にあった」

との記述が、場所をつきとめる大きなヒントになりそうだ。

 

旧多鳩神社跡を攻略せよ

2020年3月某日。

第14次ワラバラ探検隊発足。

目指すは『旧多鳩神社跡』とそれに関連する『大岩』『烏帽子岩』。

事前に情報も収集し、今日こそは一発攻略を目指したい。

 

「オダワラ旅団長は私が生涯をかけて助手をします」と言って助手席に座ったヒライワ隊員。生涯をかけてって、それって……

 

本日の探検隊員の構成は、

オダワラ、ボンコバラ、ヒライワ、ヨシモト

の4名である。

 

まずは探検の成功祈願と、入山のご挨拶。

流石は石見國二ノ宮。堂々とした佇まいの社殿。

平成25年の水害で痛んでしまった神社横の川が整備された際に人工的につくり直した『タマトの滝』の築岩記念碑。

神社横の道。天狗山山頂へ続く(はず)

道の反対側の竹藪には『松林坊跡』(お寺跡)が。多鳩神社は今よりももっと大きい神社だったのかもしれない。

進んで5分も経たないうちに分かれ道が。右はすぐ行き止まりでした。

自然は火がきらい

動物の足跡。『アニマルスタンプ』と呼ぶらしい(ヨシモト隊員情報)

それなりに標高があり、江津市内の都野津~敬川エリアが見渡せる。

のぼってきた道はどうやら水源林の造成のための道のようだ。どうりで超歩きやすいわけだ。

さて、賢者に封印されし古代羅針盤二宮町史跡案内図あでの位置関係図を思い出すと、

現在の多鳩神社から天狗山を目指してのぼっていくと、

大岩 ⇒ 烏帽子岩 ⇒旧多鳩神社跡

となるはずだが、かなりのぼった時点で大岩、烏帽子岩を見つけられずにいる。

宮司さんに見せていただいた資料の写真では

どちらの岩も藪に覆われてしまっていたため、

もしかしたら途中で見過ごしてしまったのかもしれない。

そろそろ林道をのぼりきってしまいそうだったその時……

 

!!!?

林道脇の少しだけ開けた場所にそれはひっそりと建っていた。

この石柱には

『多鳩神社馬場跡』

と書かれている。

神社跡ではない。が、馬場跡である。

馬場と聞くと、30歳以上の人たちはジャイアント氏を思い出すだろうが、

馬場とはもともと「馬に乗る練習をする場所」のことを指すらしい。

旧多鳩神社は江戸時代頃まであったらしいので、

馬場が神社近くにあったということは、

この地域の武士たちはこの馬場で訓練をしていたのかもしれない。

これに関してはまだまだ情報が不足しているので、今後さらに調べたいと思う。

 

その後、山頂近くまで探索を続けたが、

旧神社跡も大岩も烏帽子岩も見つけることができなかった。

もはやお家芸のアンタッチャブル。

もう少し場所などの情報を得なければ見つけることは難しそうだ。

もしかしたら、天狗山の”タマト”様は

「まだまだだ。出直しなさい」

と言っているのかもしれない。

旧多鳩神社跡、攻略失敗……。

天狗山~高野山にかけて建設された風力発電用の風車を見上げて、目から溢れそうな悔し涙をこらえる探検隊一行。

8号機の名前がかっこいい。

風車を見学していたら地元のおじいさんが軽トラであがってきて、それを追いかける飼い犬の図。超スパルタお散歩。

 

小休止 有福温泉ガッツリ飯

天狗山から下山する頃には時刻は正午をまわっていた。

いつもお腹を空かせるペコペコ探検隊なので

この日のためにボンコバラ上級特務大尉は行動食を用意していた。

が、肝心な行動食を車に置き忘れて、結局車内でみんなで食べることに……。

行動食は、江津市都野津町で週末のみ営業の『希樹(きき)』というお店で購入。

自然食品と暮らしのものを取り扱っている。

小規模なイベントをよくやっているので、

ぜひインスタグラムをチェックいただきたい。

希樹
島根県江津市都野津町2069
営業 土・日 10~15時(不定休)
Instagram ki_ki_018

 

さて、一つの行動食を4人で分けたので全然足りない。

午後からの新たなる探検に向けてしっかりとエネルギーを充電すべく、

有福温泉町にある『善太郎餅 堂庭支店』へ向かった。

 

この日は少し寒かったのであたたかいお蕎麦を注文(そば定食)

うまし!!

最近、このお店の近くにラーメン屋とうどん屋もオープンし、

地元の人たちは「ここを麺街道にするねん」と鼻息を荒くしているとか。

パスタがそろえば間違いなく麺街道だ。

善太郎餅 堂庭支店
島根県江津市481
営業 金・土・日 ※お食事は昼営業のみ

 

目的地変更! 有福温泉の『三十三カ所観音霊場』を攻略せよ

天狗山で返り討ちにあったワラバラ探検隊一行は、

早々に下山し、腹を満たし、新たな目的地を定めた。

 

『三十三ヶ所観音霊場』

 

~~ヶ所霊場といえば四国が有名だし、

江津市都野津町には『新四国八十八ヶ所霊場』というものがあり、

有福温泉のそれよりも都野津町のそれが有名だ。

齢三つの頃より有福温泉に慣れ親しんでいるボンコバラ上級特務大尉も

人類の偉大なる叡智の集合体グーグル検索で調べるまでは

その存在も名も聞いたことがなかった。

とある情報筋からその場所の情報を得ていた我々は

三十三ヶ所観音霊場を曇りなき眼で見定めるため、新たな探検へ出発した。

 

有福温泉街。写真右にある食堂は平成25年の豪雨災害によってお店が水浸しになり、その後やむなく閉店となった。

情報通り、入口を発見。旅団長「楽勝じゃん」←慢心

詳細はよく分からないが、金比羅山公園もあるらしい。

階段をあがると少し開けた場所に出る。看板等は何もないがここが金比羅山公園かもしれない。東屋で小休憩をとるオダワラ旅団長(激弱心肺機能回復中)

金比羅山公園?からみえる有福温泉の街並み。いい感じだ!

東屋のある場所は金比羅山公園ではなかった。旅団長、怒りの記念撮影。

看板に従って、山の上を目指す。人通りがほとんどないようで、道は落ち葉で覆い尽くされている。

「壹番」と書かれた観音様を発見!

ここにも東屋があり、このような看板が設置されている。

縮尺等がないので規模感はまったくつかめないが、

どうやら三十三ヶ所観音霊場はこの周辺にあるようだ。

看板には一番から三十三番+番外とそれぞれに屋号などが書かれている。

温泉街の旅館の名前も見受けられるので、

どうやら有福温泉の人たちがつくった場所のようだ。

ここからさらに上に行った場所に『温泉神社』なるものもあるようだ。

そうかそうか、神社とは気が利いているじゃあないか。

ここまで来たら挨拶しなければ。

地図に従って、さらに奥へ進む。

 

地図どおり、上の広場のような場所にでた。正面には神社らしきものもある。

まごうことなき温泉神社。

残念ながら、あまり人がお参りや管理をしてないようだ。お参りして下山する。

倒木も。お参りの際には安全に注意していただきたい。

さらに別の場所からの温泉街全景。う~ん、眺めがよいだけに、公園の現状がとてももったいなく感じる。

探検中にイチャつく今どきの若者たち。今回のベストショット。

温泉街からのぼってぐるっと回って20分ほどで探検が終了。

せっかくだから、茶でもしばこうということで

善太郎餅本店でお茶をすることに。

 

店長さんから三十三ヶ所観音霊場のことをお聞きすることができた。

この霊場は店長さんが若い頃にはすでにあったらしく、

旅館客や温泉客が公園まであがって神社を参拝する光景は普通のことだったという。

地域のお祭り(7月頃)でも神社は使われていたが

温泉街の住民の高齢化で山にあがることができなくなり

現在はほとんど地元の人も行かなくなったそうだ。

 

金比羅山公園 三十三ヶ所観音霊場には

温泉という貴重な資源がある一方で

現在ではあまり活用されていないようである。

地元の若い人たちが今後さまざまな活動を展開していくという話もあり

こういった”眠っている資源”が有効活用されることを願ってやまない。

 

to be continued…

次回
『タダタカ・イノウ・リスペクト(仮)』

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