講義レポート|ひたすら仏教

「自分が変われば、世界が変わる」。仏教について知るうちに、物事や自分との向き合い方のヒントが得られました。

講義前半は、仏教の起源や発展の歴史、仏教用語の解説などの「仏教とは何ぞや」の部分の解説。「悟り」、「成仏」、「涅槃」といった、よく耳にする仏教用語の意味も、分かっているようできちんと理解していなかった部分も多く、本当の意味を知るうちに、徐々に仏教の考え方が腹落ちしてきました。

講義後半では、実際に経読を体験。異様だけどどこか居心地の良い空間の中で、意味のわからない文章を目で追い声に出すうちに、自然と頭がクリアになってすっきりするという不思議なひとときを味わいました。

講義を終えて感じたのは、仏教は本当に奥が深く、とても1日では理解できるものではないということでした。しかし結局のところ、自分が物事をどう捉えるかによって、今を幸せに生きることが出来るかどうかが決まるということが、仏教から得られる学びのひとつではないかと思います。

特に印象的だったキーワード3つを以下に挙げます。

1つ目は、「他力本願」という考え方。何事も他人任せにするということではなく、「自分は何も出来ない弱い存在だけど、それすらも仏様が慈しみ、救って下さるから大丈夫。」という考え方だと知り、一気に仏教に対して親近感を抱きました。この考え方はとても理に適っていて、自分に対する期待値を徹底的に下げることで、思い通りにいかないときも、失敗したときも、「自分は未熟者だから仕方ない!」とあっさり思ってしまう。自分が生きやすくなるための工夫だと感じます。

2つ目は、「中道を生きる」こと。1つの答えを見出そうとするのではなく、バランスの良い選択をしていこうという考え方。講義中の「何かひとつの考えに囚われていると、それは仏教ではない」というお話が印象的で、マイルドな衝撃を受けました。どちらか1つに決めようとするから苦しくなる。ふたつにひとつではなく、何でもありだと柔軟に構えることは、実は一番強いのかもしれません。

3つ目は、「悟る」という言葉。苦しみの原因となる「煩悩」を一切捨てた状態のこと。講義中も、「本当に煩悩を滅することは可能なのか?」「欲求と煩悩の違いは?」といった疑問が飛び交いました。悟りまで至らなくても、自分の内にある煩悩を、少しずつでも減らしていくことが出来たら。それは生きやすさに繋がります。これは最近よく耳にする「ミニマリズム」と共通する部分があり、とても共感しました。

上記のような仏教の基本的な考え方に触れてみて、仏教に対するイメージが大きく変わりました。多くを望まず、何も出来ない未熟で弱い自分を受け入れる。それによって、苦しみから逃れ、心穏やかに生きることが出来る。仏教の教えの中に、人々が軽やかに自由に生きていくためのヒントがたくさん込められていることがわかりました。

ストレス社会のこのご時世。せわしない毎日をめまぐるしく生きて、決断を迫られ、皆いつも疲れている。周囲の目を気にして見栄を張ってみたり、ストレス発散に散財してみたり、人間関係にいらいらしたり、誰かと自分を比べて理想と現実のギャップに落ち込んだり。それが今を生きる私たちのよくある姿だと思います。でも、少し立ち止まって自分の気持ちを見つめてみると、不必要なプライド(=煩悩のひとつ)や自分への過度な期待(=自力本願?)が自らを苦しめている場合がよくあります。そんなとき、「煩悩」を捨て、良い意味で「他力本願」になれれば。自分はこうあるべきだと決めつけず、自分のありのままを受け入れられれば。きっと人生は好転していくんだろうなと感じました。

このことに大昔に気づいて、人々が受け入れやすいように説いたお釈迦様は、本当に偉大です。現代を生きるわたしも共感できるということは、これが生き方の本質的な考え方なんだろうなと感じます。

仏教の教えに触れる機会を頂き、ありがとうございました。

(文:受講生・O 写真:事務局)

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